2017年1月14日土曜日
本:宮本 常一 山と日本人
民俗学の宮本常一さんの本を読んでみました。
過去には獣害で相当苦労してきた歴史を伺えます。
猪垣と落とし穴の組み合わせですが、現代に置き換えるのならば、柵とくくり罠ということだろうか。
最近の罠の狩猟免許の増加も、ある意味、昔に回帰しているとも言えるかも。
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最近のニュース
鳥取 まな板打って ホーホーと 「七草がゆと鳥追い」
https://www.nnn.co.jp/news/170107/20170107046.html
>7日の七草を前に、民俗行事の「七草がゆと鳥追い」が6日、鳥取市河原町渡一木の河原歴史民俗資料館で行われた。
>会長が、害鳥獣を追い払って五穀豊穣を祈る鳥追いと、食べて無病息災を祈る七草がゆの由来や作法を子どもたちに説明。年男の会員が包丁とすりこ木を両手に持って鳥追いを披露した。
鳥おどしが、伝統芸能として受け継がれています。
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島根県の人口が大正時代を下回ったように、これから地方では人口減の時代になってゆきます。
鳥獣との人間とのなわばりという視点で、「撤退の農村計画」系の本を読んでみたい。
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以下、気になった部分のメモ
平安時代の終わりころ書かれた「粉河寺縁起」の絵巻には、木の枝の股になったところに板をかけわたして、その上に人がたち、樹枝のしげみの中にかくれて鹿を射ているところがある。
この獲物を狙う足場をマタギとよんだといわれるが、東北地方では、狩人のことをマタギと言っており、四国の山中ではマトギといっている。
宮城県川崎町では猪の落とし穴ではなく、オオカミの陥穴がもとはたくさんあったそうである。
この地方は旧藩時代には馬の牧がたくさんあって、そこに馬を放牧していたのであるが、その馬をオオカミが襲って食い殺すことが多かった。
そこで牧場のまわりにオオカミのおとし穴を掘って侵入を防いでいたという。
岩手県九戸郡山形村
村人がおそれ、また困らされたのはオオカミであった。
オオカミはよく牛を襲って殺した。
そのオオカミを防ぐためにこの穴が多く利用されたのかもしれないと村人はいう。
明治の終わり頃から獣が減ってくる。とくにオオカミが姿を消す。
それまではオオカミの被害が多かったので、山中の一軒家にはすむことができなかったという。
どの家でも槍を持っていて、それで獣を防いだもので、今でも槍を持っている家は多い。しかし専門の狩人だったわけではない。
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そのうち読みたいが、近くの図書館に在庫がありません。
猪・鹿・狸 (講談社学術文庫 400) 1979/12 早川 孝太郎 (著)
狩猟 (ものと人間の文化史) 1968/9 直良 信夫 (著)
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